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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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昨夜たまたま見たNHKの「クローズアップ現代」が、なかなかよかった。
太平洋戦争開戦のきっかけとなった、真珠湾攻撃に参加した特攻隊員をふくむ元日本軍兵士と、真珠湾で攻撃された側のアメリカ軍兵士たちとが終戦後63年を経て再会、真珠湾に近い球場で野球をするというものだった。
敵味方に分かれて闘った日本人とアメリカ人。今では平均年齢80歳となっている。
それでも、戦争が終わった今ならお互いに顔を合わせ、たとえ話し合うことは出来なくても、野球をすることなら出来るのじゃないかとアメリカ側からの呼びかけがあって実現したという。

ともに戦争が始まる前は野球を愛する少年たちだった。
それが戦争が始まったために、見ず知らずの相手と殺し合わなければならなくなった。
特攻隊として仲間を何人も失った日本人。レイテ島の激戦で、アメリカ軍の攻撃にさらされながら、目の前で仲間が餓死していくのを見てきた老人。
彼らのなかには、敗戦以来、アメリカで作られたものは口に出来ないと、かたくなにアメリカ産の食材を拒んできた人もいた。戦後63年と言ってしまえば簡単だが、戦争を経験した人にとっては忘れようにも忘れられない重荷を背負った63年だったのだ。

事情はアメリカ人たちも同じで、日本軍の攻撃で負傷した人、ゼロ戦の攻撃を受けて乗り組んでいた艦船が撃沈され、一度に数百人の仲間を失った人もいた。
彼らの一人は言う。
「誰も人を殺したいと思っている人間はいない。けれども、戦争とは国と国とが戦い、殺し合わなければならない状況を生み出すのだ」

試合前日、彼らははじめて顔を合わせ、一緒に食事をするのだが、なかには打ち解けることが出来ず、黙々と食べるだけで時間を過ごした人もいた。人生の終盤にさしかかった彼らは、はたして自分が体験した悲惨な戦争体験を乗り越えて、かつての「敵」と語り合うことは出来るのか。

翌日、ユニフォームを着て試合が始まると、しだいに互いの気持ちが近づき始める。
戦争には負けたが、この試合では絶対に勝つと臨んだピッチャーのお爺さんは、ホームランをふくめヒットを何本も打たれてしまう。
結局、試合は14対2でアメリカ側の圧勝に終わる。
けれども、試合後の選手たちの顔は和やかだった。
アメリカ産の食べ物は口にしなかったという人も、自分たちを攻撃していた側のアメリカ人と握手して、「お互いに大変だった」と話し合う。
ライフルをバットに持ち替えてゲームをした彼らは、ここで心を通い合わすことが出来たようだった。
そして、彼らは一様に、アメリカ側の人々と会えてよかった、63年間のわだかまりに決着がつけられたと喜ぶのだ。
「できれば、20~30年早く会いたかった」
「でも、生きていて良かった!」と、たがいに固い握手をして語る。

見ていて目頭が熱くなった。
死んでしまっては、こうしてかつての敵と味方が手を握り合い、打ち解けるチャンスもないのだ。

生きていてよかった。

そう思えることの大切さが、しみじみと伝わってきた。
戦争体験はないけれど、自分だって80歳ちかくまで生きることが出来たなら、そのときには
「生きていてよかった」
と思えるようになりたい。

日本は今、戦争でもないのに毎年自殺者を3万人以上も出し、餓死者も100人ちかく出している。けっして生きやすい世の中ではない。
そのなかで、どうやっていけば、最期に「生きていてよかった」という言葉が出てくるのだろう。

このところ、原稿を書く仕事がたまっているのだが、どうにも手をつけることが出来ずにいる。
仕事をしようとしても気持ちが向き合わない。そのうち動悸が激しくなってきて、机の前にいるのが辛くなる。
また始まった。
自分の怠け病なのか、それとも「うつ」の症状が出てきてしまったのか。
こうして思いつくままに文字を連ねることならばできるのだけど、仕事として原稿を書く作業は、同じ文章を書くとは言ってもまったく違った作業といえる。
だからできない、というのも自分に対するエクスキューズのような気がする。
いったい、どうしたらいいのだろう。

この分では、とうてい、「生きててよかった」などと言うことはできそうもないのだ。
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関連タグ : クローズアップ現代, 生きる, テレビ,

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