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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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先日の武蔵野市議「やすえ清治」のエントリに対して、匿名の方から情報をいただいた。
それは、やすえ自身がエントリをアップした後、メールを送った支持者(?)に宛てて送られたメールのコピーだ。

これを読む限り、やすえは、あの人を傷つけずにおかない暴言を今も率直な気持ちだったとして後悔する気はないようだ。
むしろ、批判もあったけれど予想以上に「よく言ってくれた」という意見が多く、勇気づけられたと書いている。

以下に、やすえによる文章を引用する。


やすえ清治です。ご意見ありがとうございます。
正直言ってこの記事は出すかどうかちょっと悩みました。ここまで言っていいものかと。ものすごい批判も覚悟だったのですが、自分の率直な気持ちのつもりです。

メール以外でもいろんな方からいろんなご意見をいただきました。批判も沢山いただきました。でも、僕の予想よりもはるかに「よくいってくれた」との意見が多かったのは何よりも勇気になりました。

僕のプロフィールに「IT系サラリーマン」と記載してますが、僕も実は派遣社員でした。保険もありませんでした。なかなか厳しいところで、契約期間も何も最初はなくて、研修後の試験で一定の得点を取らないとその場ですぐに切られるんです。(正確には契約してもらえない)大勢の人が応募してきても契約すらできなかった人の方がはるかに多かった。

でも、やっぱ悔しいからさ。僕もそうだし、みんな頑張ってたと思う。決してやりたかった仕事ではなかったけども、やってみると仕事は結構楽しくて、たくさんの仲間がいて、いつ切られるかという不安やいろんな不満もあったけども自分なりの楽しみ方を模索した。最後は辞める時に躊躇した。今でもその時の仲間たちとメールのやりとりはあります。

あの経験は今でも僕の中で生きている。

今はもっと厳しいかもしれません。
ただ、「政治が悪い」だけの方向にベクトルが向くのがいいことなのか?そこを僕は言いたかった。

だからと言って必ずしも今の政策すべてがいいとも思わない。責任がすべて本人にあるとも思わない。本当に困っている人たちを政治が救っていかなければならないと思っている。

だから、みんなにがんばって欲しい。いや、がんばっていこうとメッセージを送りたかった。一生懸命汗を流した人が報われる社会を作りたい。わかりやすく言うとこれが僕の想いです。

表現がまずくて気分を害した方がいたら率直に謝ります。でも本音が言えなくなったらそこで終わり。やっぱ書いてよかった。


まるで学生が後輩に書いた下手くそな手紙のような文章である。

どうやら、やすえ自身も派遣社員を経験しておりそれなりの苦労はしているようだ。
しかし「やっぱ悔しいからさ。僕もそうだし、みんな頑張ってたと思う。決してやりたかった仕事ではなかったけども、やってみると仕事は結構楽しくて、たくさんの仲間がいて、いつ切られるかという不安やいろんな不満もあったけども自分なりの楽しみ方を模索した」というあたりには、一家の生活を背負っている人間の責任感というよりは、学生のアルバイトのような乗りの方が強く感じられる。

今巷にあふれている派遣切りにあった人々は、仕事に楽しみを見つける余裕もなく、まさに「いつ切られるかという不安」が現実のものになって住み家まで失ってしまった人々なのである。やっぱ悔しいからと頑張ろうとしても、会社側からは契約打ち切りの通知を渡されるだけでは頑張りようもないだろう。

やすえがどれだけの期間、派遣社員として「頑張った」のかは知りようもないが、現実に困っている人たちは、会社から直接雇われる期間工として仕事をしていても最長2年11ヶ月で契約を打ち切られ、仕事をもっと続けるには派遣社員として契約し直さなければならなかった。運よく再び期間工になっても2年11ヶ月たてば派遣に逆戻り。この繰り返しをして妻や子供を養っていたのである。
さらに、会社側は直接雇用者を減らすために、派遣会社と目論んで積極的に派遣労働者を増やそうとしていた節がある。
期間工として働き続けるには社員寮を移ってもらわねばならず、そこは2人部屋で6畳一間、ガス・水道もない、事実上寝るだけの部屋になるというのだ。煮炊きができなければ外食かコンビニ弁当に頼ることになり、食費がかさむ。家族に仕送りしていた労働者は、仕送りする金が減るのが心配になる。そこに派遣会社から誘いがかかる。派遣契約をすれば、もっとましな部屋でくらすことができますよ、というわけだ。中には「今だったら入社祝いとして10万円出す」といって勧誘した派遣会社もあるという。
こうなれば、誰だって会社の寮に入って不自由な思いをするよりは派遣会社と契約しようと思うだろう。

しかし、それは会社にとっては人間がモノへと変わることを意味したし、派遣会社にとっては商品が増えて販路が拡大することを意味したのだ。
会社は、不景気になれば派遣会社との契約を打ち切ればすむ。派遣会社は、仕事がなくなったといって放り出す。そこには何も保障などない。彼らが扱っているのは人間ではなくモノだからだ。
40代、50代になってモノとして扱われ、家族を養っていく力を奪われた人々には何が残るか。絶望しかないだろう。

去年、非正規雇用の雇用打ち切りを決めたいすゞ自動車は、その後、労使との交渉により期間工に対しては保証金を出すことにしたが、派遣社員はその対象からはずした。
同じ仕事をしていても、直接会社と契約している期間工と、派遣会社を介していた派遣労働者とでは雲泥の差ができたのである。

そもそも期間工として働いても最長2年11ヶ月しか契約できないようにしたのは、政治の責任だ。企業は政治が作った制度にさからうことなく、最大限に利益を上げることだけを考えるように対応した。それには派遣会社が非常に便利な存在だったというわけだ。
つまり、一にも二にも、今の雇用不安を生み出した原因は政治にある。

この事実がありながら、やすえは「自分も実は派遣社員だったが、自分なりの楽しみ方を模索した」などと余裕のあることを書いている。やすえの頭の中と現実との間には相当の開きがあるとしか思えない。
やすえは、「『政治が悪い』だけの方向にベクトルが向くのがいいことなのか? そこを僕は言いたかった。」と書いているが、政治が悪いこと以外のどこにベクトルを向けるべきだというのか。やすえのような男に、「頑張っていこう、みんなで頑張ろう」と励まされたところで、頑張りようがないのが現実なのである。

そのうえで「自分で死ぬ気でやってんのかよ。政治は魔法じゃねぇんだよ!」と捨て台詞を吐くやすえは、すでに政治家としての自覚はなく、責任を放棄しているとしか思えない。
こんな言葉を吐き散らしておきながら、率直な気持ちを言ってよかったと自己満足しているやすえ清治という男は、政治家と呼ぶのも恥ずかしい、ゴキブリ程度の頭しか持っていないヤツだとしか言うほかない。

「やっぱ書いてよかった」

お前は、アホか。

こんなヤツは次の選挙には立候補してほしくないものだし、もし立候補しても断じて当選などさせてはならないと思うのである。
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関連タグ : やすえ清治, 派遣労働者,

やすえ清治

派遣村・・・・・政治のせいにするのはいいよ、でもおまえら何をやろうとしてるのさ。

自分で死ぬ気でやってんのかよ。
政治は魔法じゃねぇんだよ!


世の中のせいにする前に死ぬ気でやってみろよ!


傷をなめあってんじゃんぁねえよ!
甘えるなよ!人のせいにするなよ!



1973年生まれ、山羊座 のB型
自民党衆議院議員かすや茂秘書、IT企業のサラリーマンを経て平成15年統一地方選挙で最年少で初当選。平成19年も引き続き最年少で二期目の当選。
建設委員会委員長、広報委員長などを歴任。

やすえ清治は、今や自民党若手のホープというところか。
だから率直な気持ちで表現すれば、派遣切りで路頭に迷った人々を「おまえら」呼ばわりし、世の中のせいにするな、傷をなめあってんじゃねえよと、麻生太郎のようなべらんめえ調で罵声とも取れる言葉を投げつける。
さぞ、気持ちがよかっただろう。
言いたいことを言って、すっきりしたことだろう。

派遣切りされた人の中には私のような中高年者もいた。
私のような中高年者がいきなり職を失い、仕事を新たに得ようと思っても、家族を養えるに足るだけの職を見つけるのは容易なことではない。
住居を失った場合には礼金、敷金などの他、保証人も用意しなければならない。
財布に100円か200円しか残っていない状態で、途方に暮れてしまったとき、途方に暮れても誰にも相談しようもないとき、人はどうするだろう。
誰かに相談したい、できることなら少しでもいいから助けてもらいたい。

そう思ったとして、誰に責める権利があるというのだ。

今、未曾有の不景気を迎えて、仕事の数は急激に減っている。
下手をすればこのまま路頭に迷わなければならない。
この寒さの中、どこから段ボールを見つけ出し、どこにそれを敷いて眠ればいいのかも分からない。もしかしたら、このまま凍死するかもしれない。
そんなとき、本来ならいちばんのたよりになるはずなのが社会のセーフティネットではないのか。
そのセーフティネットとは政治によって作り出させなければならないものではないのか。
「政治は魔法じゃねえんだよ」
その言葉の裏には「施しをするつもりはねえんだよ」という気持ちが潜んでいる。
「おとといきやがれ」という捨て台詞が見え隠れする。
セーフティネットのことを考え、市民生活のことを考え、その生活を守るのが政治家の仕事ではないのか。

やすえ清治

この男には、それがわかっているのだろうか。
この男には想像力があるのだろうか。
この男には、政治家の手を煩わせない人間しかまともな相手にできないのか。

自己責任論者は、自分が苦労したことを自分の勲章のように看板に貼りつけ、自分にできたのだから他人にできないはずはないと言い張る。できない人間は努力が足りないからだと言いたがる。

しかし待てよ。
ドンつまりまで落ち込んで、行き場がなくなった人間の中には、もう死にものぐるいになる元気もない者だっているはずだ。

やすえ清治
この男には人を思いやることはできないのか。
今年36歳。
まだ若造じゃないか。

お前なんぞに人を罵倒する資格は、ないんじゃないのか。

関連タグ : 自民党, やすえ清治, 派遣村,

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